大判例

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盛岡地方裁判所 昭和56年(行ウ)4号

原告

学校法人岩手女子奨学会

右代表者理事

三田俊定

右訴訟代理人弁護士

田村彰平

被告

岩手県地方労働委員会

右代表者会長

畑山尚三

右指定代理人

佐藤浩

石塚則昭

参加人

岩手女子高等学校教職員組合

右代表者委員長

平柳敏治

右訴訟代理人弁護士

沢藤統一郎

主文

被告が原告に対し、昭和五四年(不)第一号及び同(不)第五号不当労働行為救済申立事件について昭和五六年三月一八日付でした救済命令の主文第1項及び第2項中「昭和五四年六月一日付の岩手女子高等学校校長小松代融一名による申入書を参加人組合に交付したこと」に関する部分をいずれも取消す。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを二分し、その一を原告、その余を被告の負担とする。

事実

第一当事者双方の申立

一  原告

被告が昭和五四年岩労委(不)第一号及び同(不)第五号不当労働行為救済申立事件について、昭和五六年三月一八日付でなした救済命令を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決。

二  被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  被告は、参加人と原告間の岩労委昭和五四年(不)第一号及び同第五号事件について、次の事実を認定し、原告は参加人に対する昭和五四年六月一日付申入書を撤回し、今後不当労働行為をしない旨の誓約書を参加人に交付しなければならない旨の救済命令(以下本件命令という)を昭和五六年三月一八日付書面によって発した。

(一) 昭和五四年五月三一日朝参加人組合所属の職員が校門付近において登校する生徒に対し父兄宛文書を手渡したことについて、同年六月一日付で校長小松代融一名義で就業規則に違反するので以後同様の行為があった場合は処分する旨の警告書を発したのは不当労働行為である。

(二) 同年四月二六日朝参加人組合所属の教員佐々木徳司が校長室にある出勤簿に判を押しに行った際、小松代校長が労組加入の勧誘を受けた場合は断るほうがよい旨の発言をしたのは不当労働行為である。

命令書の内容は別紙(略)(<証拠略>)のとおりである。

2  本件命令は事実の認定、評価を誤り、法律上の判断を誤ったものであって、違法な行政処分である。

即ち、問題の昭和五四年六月一日付申入書は単純に参加人組合組合員の就業規則三三条違反の行為に警告を発したもの、小松代校長の発言は自分の孫弟子にあたる職員に個人的立場からなしたものであって、些も不当労働行為にはあたらない。

二  被告の答弁ならびに主張

1  認める。

2  争う。

本件係争事案に関する本件命令の理由(認定した事実および判断)は別紙(<証拠略>)のとおりであって、被告の認定判断にはなんの誤りもない。

第三証拠(略)

理由

請求原因1の事実は当事者間に争いがない。なお原告は肩書地(略)において岩手女子高等学校(以下単に学校という)を経営する者、参加人岩手女子高等学校教職員組合(以下単に組合という)は原告に雇傭され右学校に勤務する教職員によって組織された労働組合で岩手県私学教職員組合連合及び日本教職員組合に加盟している(<証拠略>)。

さて、本件における争いは本件命令の適法性であるが、本件証拠を総合評価すると、別紙命令書記載の被告の認定事実にとくに大きな誤りはなく、その判断も学校長が昭和五四年六月一日参加人組合に申入書を交付した行為を即不当労働行為と断定した部分を除き、他はすべて支持することができる。但し、右申入書に関する法的評価については、にわかに被告の判断に同調しえないというのが、当裁判所の結論である。すなわち、

(一)  学校長の昭和五四年六月一日付申入書の問題

1  組合はつとに岩手県私学教職員組合連合会傘下の組合として昭和四一年ごろから他の加盟組合ともども公私立間の学費格差をなくし私立学校の労働教育条件を整備するため私学に対する公費の助成を達成し拡充させる運動(私学助成運動)を展開してきたが、その運動の一環として、昭和五四年五月三一日朝、学校校門付近において、父兄に右運動に対する賛同と署名を呼びかける文書三通(<証拠略>)を封筒にいれたものを、組合員を通じ、登校してくる生徒に配付した。この事実は(証拠略)によって明らかであるが、本件各当事者間にはほとんど実質的な争いをみない事実である。

そうして問題の学校長の申入書なるものは、組合の右行為に対し警告を発したものであるが、その文面(<証拠略>)は、「五月三十一日早朝、組合員が生徒に対し、直接組合名義による私学助成の署名依頼書等を手渡した行為は甚だ遺憾である。この種の行為については、組合側と再三の交渉において、学校としては許可できない旨回答してある。然るに組合員がこれを無視し、あえて右の行為に及んだことは、学校の教育方針に反するのみならず、学校の秩序を紊すものと認められる。以後、同様または類似の行為があった場合には、その行為の企画者または指令者および実施者に対し、就業規則違反に該当するものとして処分することとする。ここに厳重に申し入れる。」というものである。

2  ところで、(証拠略)によれば、学校で遅くも昭和四九年四月一日以後定められている就業規則には第六章(服務規律)中に「職員は次の場合には校長に届け出て、その承認を得なければならない。……(6)職員が学校施設内において、講演、集会、演説、放送をし又は文書、図画を配布、掲示しようとする場合。」という規定(第三三条)があって、別に第三七条には、「職員が次の各号の一に該当する場合においてはこれに対し懲戒処分として、譴責、減給、出勤停止又は懲戒解雇の処分をすることができる。……(4)第六章に定める服務規律……に違反した場合。」と定められている。そうして組合が昭和五四年五月三一日朝前記文書を配布するに当って事前もしくは事後に校長の承認を受けた形跡はないから、右文書の配布はいちおう形式上右就業規則三三条六号に牴触する行為である。尤もこの点、参加人は文書配布の場所が学校長の施設管理権の及ばない「施設外」であったといいたいようであるが、その場所が厳密に学校の敷地外であった証拠はなく、仮りにたまたま校門外であったとしても、校門に接着した場所で入校してくる生徒に文書を配る行為はやはり右就業規則三三条六号に包攝されるものと解せられる。

3  もっとも企業別組合を常態とするわが国において施設管理権ないし企業秩序を必要以上に強調することは組合の活動を窒息させるから、それが全く無制限でないことは多くの学説判例の容認するところである。この意味においては本件で問題の就業規則三三条六号もその規定の一般性にかんがみ、これを全く無制限無限定の適用を要請したものとは必ずしもいうことができないし、組合の前記文書配付行為の形式的就業規則違反性をとらえて即実質的にも右就業規則に違反した不法な組合活動ということはできない。

そこで、この点について証拠(<証拠略>)を詳しく検討すると、成程、組合が私学に対する公費助成運動に昭和四一年ごろから取組んで来たこと前記のとおりであるが、この運動は生徒の父母や地域住民に呼びかけて出来るだけ多くの協力者の署名を得て国や県に請願や陳情を重ねることをその最も中核とするものであった、そのため組合が父兄らに協力を呼びかける文書を作成し或いは岩手県私立学校教職員労働組合連合会が作成した同種文書を生徒の父母のもとに届けようとした回数も昭和五四年五月以前すでに相当数に及んでいた、その方法は昭和五二年一一月以前はもっぱらその都度学校長の明示もしくは黙示の了解の下に教室内で生徒に配布する方法によっていたのであり、それを学校長が同月二九日組合の文書は「今後は一切生徒を介することなく、組合独自の仕事として直接父兄へ送達する方法を講ぜられたい」旨方針を変更したので(<証拠略>、これはその頃組合が<証拠略>を従来どおり教室で配布したい旨申し出たことに対する回答の形で表明されたものであるが、同号証の内容に問題があったのではなく、同号証が「盛岡地区協ニュースNo.1」と表記されていたので、それが号数を重ねる形でエスカレートしていくのを警戒したものとみられる)、その後の文書(<証拠略>、計一六枚)は郵送(四回)又は校門付近で生徒に配付する方法(四回)で配られたものであったこと、従って本件で問題の文書配付もこのようないきさつの延長線上でなされたもので、この校門で生徒に配付する方法は以前の教室内で配布する方法から較べればよほど遠慮したやり方だったので組合はこれについては校長の承認を得る必要がないと考えていたふしがあること、しかし就業規則の文言を厳格に適用すればその然らざること前記のとおりであるが、右就業規則の条文は従前は少なくともさまで厳格には運用されてこなかったとみられるのであり、このことは例えば、(証拠略)によれば、学校が昭和四九年一一月七日組合の「父母向けの請願署名関係文書の配付等について支障のないよう取り計らっていただくこと」の申入れに対し「特に授業等に支障なく平穏な方法によるものであれば組合が自主的に行なうことに学校は殊更干渉しない。」と回答していることなどにあらわれていること、しかるにこれを本件で問題の昭和五四年五、六月当時にわかに厳格に解して右の校門での配布の方法をも全面的に禁止すること(無論校長の承認を得れば問題ないわけであるがその承認の得られる期待は殆んどなかったといってよい)は、郵送による方法が多額の費用を要して組合にとってその負担に耐えないことなどからその活動に大打撃となる客観的情勢にあったこと、更に配布の相手が生徒だったという点についても、昭和五一年ごろまでは全校朝礼等の際に生徒を通じて父母への協力呼びかけが行われるようなこともあったし(<証拠略>)、学校側も組合とは別ルートで展開している私学助成運動に協力ししてほしい旨の文書を生徒を介して父兄に届けさせたことがあったらしい(<証拠略>)、尤もこのようなことは昭和五三、四年ごろは殆んど行なわれなくなっていたようであるが、それでも校内掲示板に運動のポスターを期間を限ってではあるが掲示することを学校も公認していたし(<証拠略>)、昭和五三年一一月には岩手県私学教職員組合連合会所属の私学教職員らによる私学助成を訴える自動車パレードもあり、新聞紙上にも右運動のことがしばしば登場していた(<証拠略>)から、生徒たちも参加人組合所属の学校の教職員たちが衆目にふれる形でそうした運動に取組んでいることは先刻承知していたとみられること、配布された文書の内容に特に不穏当反教育的なところがなく、配られた時間、場所も格別学校の平常の業務を阻害するものではなかったことなどの事実が認められるのであって、こうした諸事情からすると、前記就業規則の存在及び本件の問題が教育施設内の問題であるにも拘わらず、なお組合の問題の文書の配布行為を未だ正当な組合活動の範囲を逸脱したものでないと解する余地は十分ある。正に被告の判断もここに立脚したものと解せられるのである。

4  しかしながら、組合の昭和五四年五月三一日朝の文書配布が形式上就業規則に違反していたこと前記のとおりであり、それが即違法な組合活動にならないというのは、学校側が従前組合の私学助成運動のためにする同種行為を許容もしくは黙認し、就業規則を厳格に適用して来なかった等の前述した具体的諸事情のもとではじめてそうなるのであるから、右のことは直ちに就業規則に牴触する本件の如き文書配布が将来反覆された場合にそれをしも当然に正当な組合活動としたものではないこともとよりいうまでもない。

ところで、学校長の前記申入書はその内容からして、昭和五四年五月三一日の組合の行動を問責するというよりは、むしろその就業規則違反を指摘して、将来を戒めたものとみられるのであり、そうであれば、使用者の立場にある学校長には有効な就業規則の遵守を労働者に要求する権限があるのであるから、形式上就業規則に牴触する行為があった場合にこれを契機に右のような警告を発することもできると解せられる。もとより、警告の対象となった行為がその具体的事情によって正当な組合活動と認められる余地のあること、その場合にもし学校が懲戒処分等を行えば、当該処分が不当労働行為となることのあることは覚悟しなければならないが、そのことの故をもって右のような警告をすること自体まで許されないことにはならないであろう。当時組合が校門等での配布の方法をあらためることが経済その他の理由から出来にくい事情にあった前記のような事情を考慮しても、組合がそれをするに当り校長に届け出、その承認が得られるよう説得努力する必要まで解除するとは前記就業規則上認め難いから同断である。

果してしからば、学校長のなした前記申入書の交付をもって直ちに組合の組織運営に対する支配介入と断ずるのは性急に過ぎるようである。これ、当裁判所が右学校長の行為を労組法七条三号に該当する不当労働行為にあたるとしてその救済を命じた被告の判断に追従しえぬゆえんである。

(二)  学校長の佐々木徳司に対する発言の問題

1  証拠(<証拠略>)によれば別紙命令書(<証拠略>)理由第一の4、5項に日にちを追って記載されているような事実を認定することが出来、被告の事実認定にはなんらの誤りがない。すなわち、昭和五四年四月二六日朝、小松代校長が校長室に置いてある出勤簿に印を押しに来た新任教員の佐々木に対し「組合から組合に入るよう勧誘されても、一年間勉強して自信がついてから考えるということで断っておいたほうがいいんではないか。」という趣旨の発言をしたことが明らかである。この事実自体は小松代校長の自認するところであり(<証拠略>)、本件において殆んど実質上の争いをみない事実である。

2  ただ原告は小松代校長の右発言は佐々木に対する個人的関係から出た非公式且つ私的な発言であっておよそ不当労働行為などの論議の対象になることがらではないと主張する。

成程、右発言は勤務時間中校長室内のものであったとはいえ、正式に申し渡すような形でなされたものではないし、(証拠略)中の小松代校長の供述記載によれば、佐々木は同校長にとって本堂教授(大学における佐々木の指導教官で同人の推薦者)を介して孫弟子の関係にあたる上、小松代校長も本堂教授も岩手県内における数少ない方言研究者のひとりであり、佐々木も同じ研究関心を持っていると聞いていたので、小松代校長は同人に対しては単に自らの部下となった新入教員という以上の特別の関心と親愛の情を抱いていた、そしてやがては自分の方言研究の手つだいないしは共同研究者となってもらいたいという希望も持っていたことが認められる。そこでこのような関係にある佐々木に対し、同人が少なくとも学校の教員という新しい仕事に慣れるまでは一人前の教師となるための勉強に専念してほしいという気持を小松代校長は持っていたので、そのことを個人的に話しかけたのが前述の発言であると同校長は述べている。たしかにそのとおりかも知れない。

3  けれども、佐々木は学校に就職するに先立ち、就職をあっせんしてくれた本堂教授から、組合には入るなということを言われていた(別紙命令書理由第一の4(4)(5)参照)。これには小松代校長は無関係である旨供述し、小松代校長と本堂教授との間のことを正確に知る証拠はないが、同校長が昭和五四年六月佐々木が組合に入るとすぐ手紙でそのことを同教授に知らせていることやそれに対する教授の佐々木宛の手紙(<証拠略>)その他弁論の全趣旨からすると小松代校長は前述のような自己の(まず一人前の教師になるまでは組合などに加入せずにひたすら修業にはげむべきだという)信念もしくは(そういう人を推薦してほしいという)願望をなんらかの形でその片鱗なりともあらかじめ本堂教授に示すところがあったと推測するのが自然であるし、また昭和五四年四月二一日組合の新任教員歓迎会が開かれ、そこで新任教員の組合加入が少ないことが話題になった。小松代校長の発言は同校長がそのことを知った直後になされたものとみられる。こうした本件証拠にあらわれた諸般の事情に照し事態を観察するときは、右校長の発言は単なる一先輩の個人的忠告とは聞いた者において必ずしも受け取られにくい客観的時期場所においてなされたと認められるのであって、それがたとい校長個人の私的立場からの発言であったとしても、校長としての発言としての性格を問題にせざるを得ない。

はたして然らば右校長の発言を不当労働行為とする被告の判断はいちおうこれを首肯することができる。

以上のとおりであるから、本件救済命令中、右(二)の問題を不当労働行為であると認定してその救済を命じた部分は正当であって、他にこれを取消すべき瑕疵もないから、同部分の取消を求める原告の請求は理由がないが、右(一)の問題について救済を命じた部分は正当でないので取消を免れず、これに関する原告の請求は理由ある。

よって、訴訟費用の負担につき民訴法九二条本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 海老澤美廣 裁判官 長門栄吉 裁判官 堀満美)

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